「それでいいんだ。覚えていたら、危険だから」 ジーンの言葉に、麻衣は目を見開く。 今は、調査に向かっている途中。まだ調査場所にすら着いていない。 それなのに、ジーンがこんなことを言うということは。 「…それって、今度の調査がってこと?」 「そう。あれは、記憶を辿るから」 「記憶を辿るってどういうこと?」 「うまく言えないけど…自分のことを覚えている人をターゲットにするんだ。だから、今回の調査は全員が危ない。かと言って調査しない訳にもいかないしね〜」 確かに、調査に行って何も調べないなんてふざけている。 あの所長がそれを許すはずもない。 つまりはヴラドの時と同じく、絶対に一人になってはいけないということだろう。護符も肌身離さず持っている必要がありそうだ。 そんなことを考えていると、「麻衣」と呼ばれた。視線を上げると酷く真剣な顔をしたジーンがこちらを見つめていた。 「麻衣、これから言うことをよく聞いてね。今回の調査は、僕は手伝えないんだ」 「…え?」 「ああいう種類の霊にとって、僕みたいな霊は格好のエサなんだよ。万が一取り込まれたりしたら、調査の障害になる可能性が高い。だから、手伝えないんだ。…麻衣にとってこれがどういう事を意味するか分かる?」 「能力のコントロールを自分でやらなきゃいけないって事だよね。それと、ナルの無茶を止める事も」 うん、と頷き、ジーンは話を続ける。 「今度の調査は、ある意味ナルと麻衣が一番危険なんだ。過去を見る能力なんて、相性が悪いにも程があるからね。だから、二人とも絶対に無理はしない事。危険だと思ったらすぐに身を守る事だけに集中して。できれば、能力を使わずに調査できればいいんだけど…」 「努力はするけど、それはちょっと難しいかも…」 眉根を寄せて困ったように麻衣が答えると、ジーンもそれを肯定する。 「うん、そうだろうね。だから、身を守ることを第一に考えて。退魔法は滝川さんから教わってるよね?」 麻衣が頷くのを確認して、栗色の髪をそっと撫でる。 「それと、わかってるとは思うけど護符は絶対離さないようにね。確実に安全って訳じゃないけど、身を守る助けにはなるから」 「わかった。他の皆にもちゃんと伝えておくよ。…ありがとね、ジーン」 「ううん、僕に出来る事はこれくらいしかないから。本当は、ちゃんと手伝えたら良かったんだけど…」 ジーンの言葉に、麻衣は首を振って答えた。 「ジーンが危ないんでしょ?だったら来ちゃ駄目だよ。大丈夫、ちゃんと気をつけるから」 「やっぱり、麻衣は優しいね。…ありがとう」 途端、焦ったようにわたわたと手を振って「そんな事ないよ〜」と反論する麻衣は、酷く好ましい。あのナルも、彼女のそういった性質に惹かれたのだろう。守るためならば、一度は手にしたその花を手放す程に。 (その上今度の調査だし…ナル、機嫌悪いだろうなぁ〜) 片割れの不機嫌を思い、自然と溜息を吐く。協力者の面々が気の毒でしょうがない。 だが、彼等もプロだ。そのくらいの困難は乗り越えてもらうしかないだろう。 「ジーン?」 不意に考え込んでしまったジーンを怪訝に思ったらしく、麻衣が声をかけてきた。 麻衣がこちらに来て、かなり時間が過ぎてしまった。もう戻らせなくては。 「ごめん、なんでもない。ちょっと考え事してたんだ。そろそろ、時間だよ。麻衣は戻らないと」 「あれ?そんなに時間経った?」 「うん、こっちは時々、時間の流れが曖昧だから」 嘘だ。本当は麻衣が最初に見ていた夢が原因だが、思い出させるわけにはいかない。 「じゃあ、ナルによろしく。…頑張ってね、麻衣」 「ありがとう。…またね」 はにかむように笑った麻衣の姿が薄れ、消えてゆく。そろそろ飛行機も着く頃だから、目覚めるには丁度いい時間だろう。 完全に麻衣が戻ったのを確認すると、途端に睡魔が襲ってきた。しばらくは自分の出来ることは無いという事だろう。全く、都合の良いものだ。 「麻衣…気をつけてね」 呟いた言葉は誰の耳にも届くことはなく、ジーンの意識はゆるゆると闇へ溶けていった。 |