06
「それでいいんだ。覚えていたら、危険だから」
 ジーンの言葉に、麻衣は目を見開く。
 今は、調査に向かっている途中。まだ調査場所にすら着いていない。
 それなのに、ジーンがこんなことを言うということは。
「…それって、今度の調査がってこと?」
「そう。あれは、記憶を辿るから」
「記憶を辿るってどういうこと?」
「うまく言えないけど…自分のことを覚えている人をターゲットにするんだ。だから、今回の調査は全員が危ない。かと言って調査しない訳にもいかないしね〜」
 確かに、調査に行って何も調べないなんてふざけている。
 あの所長がそれを許すはずもない。
 つまりはヴラドの時と同じく、絶対に一人になってはいけないということだろう。護符も肌身離さず持っている必要がありそうだ。
 そんなことを考えていると、「麻衣」と呼ばれた。視線を上げると酷く真剣な顔をしたジーンがこちらを見つめていた。
「麻衣、これから言うことをよく聞いてね。今回の調査は、僕は手伝えないんだ」
「…え?」
「ああいう種類の霊にとって、僕みたいな霊は格好のエサなんだよ。万が一取り込まれたりしたら、調査の障害になる可能性が高い。だから、手伝えないんだ。…麻衣にとってこれがどういう事を意味するか分かる?」
「能力のコントロールを自分でやらなきゃいけないって事だよね。それと、ナルの無茶を止める事も」
 うん、と頷き、ジーンは話を続ける。
「今度の調査は、ある意味ナルと麻衣が一番危険なんだ。過去を見る能力なんて、相性が悪いにも程があるからね。だから、二人とも絶対に無理はしない事。危険だと思ったらすぐに身を守る事だけに集中して。できれば、能力を使わずに調査できればいいんだけど…」
「努力はするけど、それはちょっと難しいかも…」
 眉根を寄せて困ったように麻衣が答えると、ジーンもそれを肯定する。
「うん、そうだろうね。だから、身を守ることを第一に考えて。退魔法は滝川さんから教わってるよね?」
 麻衣が頷くのを確認して、栗色の髪をそっと撫でる。
「それと、わかってるとは思うけど護符は絶対離さないようにね。確実に安全って訳じゃないけど、身を守る助けにはなるから」
「わかった。他の皆にもちゃんと伝えておくよ。…ありがとね、ジーン」
「ううん、僕に出来る事はこれくらいしかないから。本当は、ちゃんと手伝えたら良かったんだけど…」
 ジーンの言葉に、麻衣は首を振って答えた。
「ジーンが危ないんでしょ?だったら来ちゃ駄目だよ。大丈夫、ちゃんと気をつけるから」
「やっぱり、麻衣は優しいね。…ありがとう」
 途端、焦ったようにわたわたと手を振って「そんな事ないよ〜」と反論する麻衣は、酷く好ましい。あのナルも、彼女のそういった性質に惹かれたのだろう。守るためならば、一度は手にしたその花を手放す程に。
(その上今度の調査だし…ナル、機嫌悪いだろうなぁ〜)
 片割れの不機嫌を思い、自然と溜息を吐く。協力者の面々が気の毒でしょうがない。
 だが、彼等もプロだ。そのくらいの困難は乗り越えてもらうしかないだろう。
「ジーン?」
 不意に考え込んでしまったジーンを怪訝に思ったらしく、麻衣が声をかけてきた。
麻衣がこちらに来て、かなり時間が過ぎてしまった。もう戻らせなくては。
「ごめん、なんでもない。ちょっと考え事してたんだ。そろそろ、時間だよ。麻衣は戻らないと」
「あれ?そんなに時間経った?」
「うん、こっちは時々、時間の流れが曖昧だから」
 嘘だ。本当は麻衣が最初に見ていた夢が原因だが、思い出させるわけにはいかない。
「じゃあ、ナルによろしく。…頑張ってね、麻衣」
「ありがとう。…またね」
 はにかむように笑った麻衣の姿が薄れ、消えてゆく。そろそろ飛行機も着く頃だから、目覚めるには丁度いい時間だろう。
 完全に麻衣が戻ったのを確認すると、途端に睡魔が襲ってきた。しばらくは自分の出来ることは無いという事だろう。全く、都合の良いものだ。
「麻衣…気をつけてね」
 呟いた言葉は誰の耳にも届くことはなく、ジーンの意識はゆるゆると闇へ溶けていった。

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