「うわぁ…」 目の前の光景に、思わず声が漏れる。 自分が相当間抜けな顔をしている自覚は、ある。 でも、ここに来たSPRのメンバーは皆同じ反応をしたはずだ。 …もちろん、一部を除いて。 それくらい、凄い場所だった。本当にここが調査場所なんだろうか? まぁ、雰囲気だけで言うなら納得できるけど…。 灰色の城壁に、高い塔。しかも城壁には蔦が這っている。 要するに、お城だ。ディズニーランドにあるようなのとは全く違う。 あんない薄っぺらい雰囲気じゃなくて、もっと重々しくて…正に、「歴史を感じさせる」っていう雰囲気がぴったりだ。 あの中でお姫様が、王子様の迎えを待って眠りについているといわれてもなんとなく納得してしまうような外装。 おまけに、周囲には深い森。当然ここに来るまでの間は、その森の中を通ってきたわけで。 感慨深くなってしまうのも、無理はない。と自分の反応を正当化させる。 残念なことに、と言うべきか当然と言うべきか乗り物は馬車ではなかったけれど。 調査用のバンでも十分に雰囲気を堪能することはできた。 でも、と思う。この森に入ってから、相当時間は経過している。 結構な距離を車で走っても、まだ目的地には到着していない。 その間、すれ違う車はおろか、散策している人すら見かけない。 ということは、即ち。 (何かあっても、ここからは容易に逃げ出せないって事だよね…) 危険が伴う調査において、それはかなりの痛手だった。 今までの調査でも、怪我をする人や倒れる人が出なかったわけではない。 むしろ、その調査が「本物」であればある程その確立は高くなる。 あのナルがわざわざイギリスまで出向くということは、今回の調査は恐らく本物だろう。 しかし、ナルが優秀であることはわかるが何故、自分達が? イギリスには本家本元のSPRがある。 実績があるとはいえ、自分達を呼ぶのはあまりに不自然ではなかろうか。 「谷山さん、着きましたよ。大丈夫ですか?」 思考の海に浸っていた麻衣は、リンの気遣わしげに呼ぶ声に急速に引き戻された。 いつの間にか調査用のバンは目的地へと到着していたようだ。 「すみません、ちょっと考え事をしてて…。ぼーっとしてました。」 ペコリと頭を下げ、正直に告げる。 恐らく長く車に乗っていたことで具合が悪くなったのかと思わせてしまったのだろう。 最近、自分へと気遣いを見せてくれるようになった彼に余計な心配をかけないようにしなくては。 以前はこんな風に気遣ってもらえることはあまりなかった。 リンは中国人で、自分は日本人だったから。 その事を告げられた時は悲しかったけれど、一緒に仕事をしていく中で仲間だと認めてもらえたのかもしれない。 そう考えると、素直に嬉しかった。 その気持ちを伝える為、精一杯の笑顔で感謝を告げる。 「お迎えありがとうございました!」 その一言で、リンの顔に縁起のいい笑顔がふわりと浮かぶ。 それを確認して、バンから地面へとひょいと降り立った。 余計なことを考えている暇はない。 既に調査は始まっているのだ。 一週間も前に他メンバーは現地入りしている。 早く自分も手伝わなくては。 例え、猫の手程度にしか役に立っていなかったとしても。 不意に、視線を感じた。 普段生活していて、人からの視線を感じたことはほとんどない。 ――生きている人間からは。 にも関わらず視線を「感じた」という事は… (…誰か見てる――森の中に何かが、いる?) ぞくり、と背筋が冷たくなる。 季節は初夏だというのに。 明るい陽光に照らされている、というのに。 強い光に照らされた森の影は、夜の闇を思わせた。 思わず両腕を体の前で?き合わせる。 まるで、自らを守るかのように。 掌で触れた二の腕は、泡肌立っていた。 『狩られる』、そう感じた。 ここは、何かの狩場だ。それは、獲物が自分の領域に迷い込むのを舌なめずりしながら待っている。 そして、その獲物は…自分だ。 逃げなければ、と思うのに、体は動かない。 指先から、だんだんと体が冷たくなっていく。力が抜けていく。 誰かが何か叫んでいる。何をしてるのだろうか。喚いている余裕があるのなら、早く逃げなければいけないのに。 ここは、ヒトが立ち入るところではないのに。 「麻衣!!」 ――ナル?あたしを呼んでる? それを最後に、意識は闇の中へと落ちていった。 |
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