04
荷物を足元に下ろして、ほっと一息つく。はっきり言って、疲れた。
でも、ここで疲れたなんて言っていられない。
これから調査場所へ向かうんだし。
しかも、移動時間はとんでもないくらいかかるし。
「搭乗開始」という表示を確認して、あたしはゲートへと向かった。
―――国際線のゲートへ。
話は、三週間前へと遡る。



あの事件の翌日、オフィスへ行くと応接室にナルがいた。
所長室に篭っていないなんて、珍しい。さすがにファイルは持っていたけど。
そんなことを思いながらロッカーに向かうと、声をかけられた。
「麻衣、お茶」
・・・さっき挨拶したら「ああ」で済ませて、次の言葉がソレかい。ちょっと人間としてどうかと思うぞ。
とは口に出さず、素直に返事をして給湯室へ足を向けた。
だって、機嫌悪そうだし。昨日の今日だし。
触らぬナルに祟りなし、だ。
触らなくてもたまに祟りはあるけれど、確率は低い方がいい。


お茶を出して、仕事に取り掛かろうと歩き出したら、呼ばれた。
「何?」
向き直ると、ナルの向かい側を綺麗な指で示された。
何か話があるらしい。・・・口があるんだから、ちゃんと言えよ・・・。
テーブルを回ってソファに腰を下ろした途端、ナルが口を開いた。
「調査が入った。二週間後だから、学校に届けを出しておくように。滝川さんたちにも連絡をしておいてくれ」
ここまでは、いつものことだった。ぼーさん達も最初から同行することはあまりないけど、それだけ今度の調査は危険が予想されるということだろう。
問題は、この次だった。
「今回の調査場所は、イギリスだ。パスポートの有無も確認して、持っていなければ取得するように伝えること」
・・・はい?今、どこって言った?
「麻衣は去年、取ったそうだな。まどかから報告を受けている」
いや、確かに去年、まどかさんが所長代理の時に「所長がイギリス人なんだし、何かあったら困るでしょ〜」とパスポートは取らされたけど。
「調査は長期間にわたる可能性がある。そのつもりで荷物を持っていくように。話は以上だが、質問は?」
「―――なんで、イギリスなの?」
「調査がはいったから」
答えになってない。そんなことくらい、いくらあたしでもわかる。
「そうじゃなくて、イギリスってSPRの本部があるでしょ?なんでわざわざ、こっちに依頼が回ってきたの?」
途端、ナルの眉間に皺が寄った。
・・・どうやら、地雷を踏んだようだ。部屋の気温が一気に下がったような気がする。
聞かなきゃよかった・・・!!
冷や汗をダラダラ流しながら固まっていると、視線の先で、ナルが笑った。・・・にっこりと。
そして、一言。
「聞きたいか?」
反射的にあたしは首を力いっぱい振った。
怖い。怖すぎる。
こんなナルから話を聞く度胸は、ない。
ナルは「そうか」と言って表情を戻す。
ううう、怖かった・・・。涙目になっているかもしれない。
「出発は二週間後の土曜だ」
それだけ言って、ナルはソファから立ち上がった。所長室へ戻るんだろう。
でも、何か引っかかる。二週間後の土曜って・・・あれ?
「あ!!」
思わず大声を出すと、ナルが振り返った。
「何だ」
「あの・・・、あたし二週間後の土曜から行くの、無理かも・・・」
「理由は?」
「その次の金曜まで、期末テストがあるんだよね。さすがにテストをサボるわけにはいかないよ」
ナルはしばらく考え、
「金曜は何時に終わるんだ?」
と聞いてきた。うっ、イヤな予感・・・。
「三時には終わると思うけど」
「なら、金曜の夕方のチケットをとっておく。直接行けば間に合うだろう」
ちょっと待て!!
「直接って、学校に荷物持っていくの!?次の日とかじゃ―――」
最後まで言葉を続けることは、できなかった。
ナルが、もう一度笑ったから。
「所長の僕としては、出来る限り譲歩したつもりですが?調査員の谷山さん」

―――目が、笑っていない。

「はいっ!!学校が終わり次第、すぐに向かわせて頂きます!!」

かくして、話は冒頭へと至った訳だ。


制服で平日の国際便に一人、というのはとても目立つ。と、いうか完全に浮いている。流石に視線が痛い。
ランプが消えたのを確認してシートベルトを外し、通路との境のカーテンを閉めた。
ファーストクラスなだけあって、シートはふかふかだ。これならよく眠れるだろう。
麻衣は備え付けのブランケットをかぶって目を閉じると、瞬く間に眠りの世界へと落ちていった。

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