ずっと、傍にいると思っていた。
失うことなど、考えられないほどに。



―――Missing―――



向かってきた風を見て、やはり、思った。
「あれ」は物の怪だ。自分を滅ぼす力を持つ者が誰なのか、本能的に知っていたのだろう。調査中に感じた物の怪の端々から、自分に対する敵意が感じられた。
だから、自分に攻撃を向けるだろう事は容易に想像できていた。
自分の体が限界を訴えていることはわかっていたが、他に方法は無いと思った。
それが最善の方法だと思ったからこそ、他のメンバーには黙っていた。言えば反対するに決まっている。
だから、躊躇いもなく掌を向けた。予定通りに。
――だが、彼の計算はそこで狂った。
何かが突然、目の前を塞いだのだ。正確には、誰かが。
「それ以上は、駄目!!」
両手を広げて、立ちはだかったのは。
かまいたちの進路に立ちふさがったのは。

ナルに向かってきていた風の刃は、麻衣の華奢な背中を切り裂いた。

赤い飛沫が飛び散るのが、スローモーションのように目に映る。
鮮やかな赤が、焼き付けられる。視界一杯に広がる、赤。
背中を切られた筈なのに、麻衣の正面にいた自分にまで血飛沫がかかる。それだけ傷は深いということだろうか。
麻衣の体は決して大きくはない。むしろ、小柄な方だ。あの細い体から、これほど血が失われたら…生きていられるのだろうか?

麻衣が、死ぬ。自分の傍から、いなくなる。…ジーンのように。
そうして、自分はまた独りで生きてゆくのだろうか。何事も無かったかのように、日々を過ごしてゆくのだろうか。

――何故。
どうして。
どうして彼女が、血を流しているのだろう。
本来ならば、ここで倒れるのは自分自身だったはずだ。
なのに、何故彼女が。麻衣が、血を流しているのだろう。
苦痛に顔を歪めているのだろう。
自分はまた、独りになろうとしているのだろう。

ゆっくりと、彼女は自分に向かって倒れてくる。
抱きとめようと腕を伸ばすが、またも彼の計算は狂った。
限界まで酷使された体は、抱きとめるだけの力すら残ってはいなかった。
腕の中に麻衣を抱いたまま、体は背後へと倒れてゆく。

彼が立っていた場所は。
背後にあるものは。

滝川達が、何か叫んでいる。だが、何も聞こえない。
ただ、鮮やかな赤が。
麻衣の、命の色が。
それだけが、意識を縛る。

ゆっくりと体が傾き、背後の崖から海へと落ちていくのがわかったが、踏みとどまろうとも思わない。
置いて逝かれるくらいなら。また、独りになるくらいなら、いっそ一緒に終わりを迎えたかった。
掌に感じる、温かな液体。麻衣の、温もり。それが失われる前に共に逝けるなら、本望だった。
足が地面を離れ、体は引力に従って下へと引き寄せられてゆく。
視界一杯に広がる青い空は、何故か赤く感じられた。麻衣の、血のように。
次の瞬間、凄まじい衝撃に襲われ、ナルの意識は闇に閉ざされた。



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